毎年年賀状を書こうとするときに、一番に思い浮かべるのが来年の干支のことなのではないでしょうか?来年は「丑年」だとか「寅年」だとか、年賀状に当たり前のように動物の十二支の絵を使っていますが、そもそも干支とはどういうものなのかご存知ですか?干支には未だ解明されていない謎がいくつかあります。今日は干支と動物の十二支についてちょっとだけ探ってみました。
そもそも干支って何?
干支とは「十干十二支(じっかんじゅうにし)」を略したもので、十干とは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸という10の集合体のことで、十二支とは子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12の集合体のことです。
この2つの集合体を合わせたものを干支と呼び、古くから中国やアジア諸国などで、年・月・日・時間や、方角、物の順序などを表すのに使われてきました。日本に伝わったのは奈良時代以前といわれており、正倉院には十二支に関係したものが残されています。
十二支の漢字は動物とは関係がない!?
わたしたちが思い浮かべる十二支とは、ねずみ・うし・とら・うさぎ・たつ・へび・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・いのししの12種類の動物のことですが、十二支の漢字はこの動物とは全く関係がありません。
一つの説としてこの12の象形文字はすべて季節に関係しているものが表されているといわれています。例えば一番最初の「子」は種に新しい芽がうまれた状態を表しており、最後の「亥」とは草木の命が種の中に封じ込められた状態を表しているそうです。
また他にも十二支は子供の成長する姿を表しており「子」は幼い子供のことで「丑」は手に力を入れて握りしめている様子である、などさまざまな説がありますが、いまだに十二支の漢字のはっきりとした解明はされていません。
どうして十二支に動物が使われたの?
かつて十二支は天文学として星座の位置や、暦の月日、時刻などを表すものとして使われていました。この十二支のことを知り活用できたのは、学のある上流階級や知識のある専門家だけでした。
時代がかわると、時の権力者は農作物の種まきや収穫時期などを把握するために、庶民にも暦の読み方を教える必要がでてきました。しかし当時の庶民のほとんどは漢字が読めません。そのため、一番身近である動物に置き換えて教えたのではないか、というのが大方の説ですが、その他にもバビロニアの十二宮の影響を受けたとも言われています。
また、何故「子」という漢字にねずみが当てはめられたのか、十二支の動物がどのような理由で選ばれたのかも分かっていません。
十二支の動物に込められた人々の思い
十二支に何故その動物が選ばれたのかは定かではありませんが、人々は十二支の動物の持つ特徴や習性になぞらえて、迎える年がより縁起の良い年でありたいと願ったのではないでしょうか。
子(ねずみ)
ねずみは「ねずみ算」という言葉が生まれるほど繁殖力が強いことから子孫繁栄を願う気持ちが込められています。
丑(うし)
牛は昔から農耕にはかかせない動物であり、食料にもなり労働力としても重要な役目を果たしていました。粘り強さと勤勉さを意味しています。
寅(とら)
大切なものを「虎の子」というように、虎は子供をとても大切にすることから家内安全の象徴とされています。また虎には魔除けの意味もあり、縁起物として売られている「張り子の虎」はここから生まれました。
卯(うさぎ)
昔から中国ではうさぎを見ると、良いことがおこる予兆だといわれてきました。またうさぎは家族で行動することから家庭円満の象徴といわれ、その跳躍力から飛躍を意味するといわれています。
辰(たつ)
十二支の中では唯一の架空の動物で、中国では鳳凰や麒麟(普通のキリンではありません)、霊亀と同様に霊獣とされてきました。皇帝のシンボルでもあるので、権威と信用を表しています
巳(へび)
昔から蛇は執念深いといわれ、忌み嫌われることの多い生き物ですが、古来から蛇は神の使いとされ、蛇の夢をみると財宝が手に入るといわれています。日本では弁財天は蛇の姿をした神様として祀られており、蓄財の神様として崇められてい ます。
午(うま)
馬も牛と同様に昔から人のために働き、人々の生活に深く関わってきました。日本では古くから祈願のときに寺社に馬を奉納する習慣がありました。やがて、寺社では奉納された馬の世話ができないことや、高額な馬を奉納できない庶民が 多くいたことから、板に描いた馬を奉納するようになります。これが「絵馬」のはじまりです。絵馬は家内安全・健康回復・合格祈願・縁結びなどさまざまな願いが叶うようにと、今でも人々に望まれ奉納されています。
未(ひつじ)
羊は犬と同様に長い間家畜として人と共に暮らしてきました。中国では牛や豚などと共に、神聖な生き物として神への生贄として捧げられてきました。祥、善、美、義などの漢にはどれも羊が入っており、これらはすべて神との繋がりを示したものだといわれています。
申(さる)
猿は姿かたちが最も人間に似ていることから、昔から人々に親しまれてきました。かつて猿は厩舎の守り神とされており、馬の厄除けのために猿使いが猿を連れて祈祷に回っていたといわれています。器用で知能が高い猿は霊力の強い動物として崇められていたようです。また、さるを去るという言葉にかけて「厄が去る」年になるとして願掛けをするといいともいわれています。
酉(とり)
鶏は紀元前3000年も前から家畜としてインドで飼われていたようです。日本へも中国から持ち込まれ、時を告げる鳥として、また卵や肉は食用として重用されてきました。また中国では元旦を鶏の日と定めており、鶏の絵を門扉に飾り、その日は鶏を殺さないなどの習慣があります。とりこむという言葉のあやから、商売繁盛の象徴ともいわれています
戌(いぬ)
犬は最も古くから人間と共に暮らしてきた動物で、誰よりも忠実で家族を守ろうとする愛情深さを持っています。犬は安産なことから、妊婦が妊娠五ヶ月になった戌の日に岩田帯を巻くという習慣が今も続いています。
亥(いのしし)
日本でいう猪とは豚の祖先で、猪が家畜として飼われ、改良されたのが豚だといわれています。 中国では猪という字は豚を示すものなのだそうです。中国では猪は長寿で安産、子沢山だとされており、長寿のお祝いには猪の置物などを贈る風習があるようです。猪には猪突猛進という言葉があるように、躍進や進歩を願う年だともいわれています。
なぜ年賀状に十二支の絵を使うようになったのか?
人と生き物が今よりずっと近しい関係であったころに生まれた動物の十二支は、単なる暦を覚えるためというだけではなく、同じ命を持つ生き物に対しての敬虔さと慈愛が込められていたのではないでしょうか。
日本で年賀状が今のような「はがき」になったのは、全国的に郵便通信網が確立した1872年頃ですが、そのころにはすでに十二支を動物で表すことは一般庶民に浸透していました。年賀状に描かれた十二支は、一年の始めの挨拶にその年の干支である動物を使うことで、新しい年の始まりを改めて意識することができ、またその年の動物の持つ縁起のいい特徴から、相手の吉兆や招福を祈る意味で使われてきたのでしょう。かといって年賀状の絵柄が必ずしも来年の干支の動物でなければならない、という決まりがあるわけではありません。最近では綺麗なイラストやおめでたい縁起物などが描かれたものも多く見られます。それでも何故か年賀状を書くときには、必ず来年の干支を考えてしまいますね。
今回は干支についての豆知識をご紹介しました。少しだけ干支について知っておけば、今後年賀状のデザインを選ぶ時も楽しいかもしれませんね。